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Kumano Kodo Pilgrimage routes

熊野三山への信仰は、霊が宿る熊野の山へと向かう苦行によって、一切の罪業が消滅すると信じられ、当初は皇族を主に、その後、武士や庶民にも広がっていきました。
今では「紀伊山地霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されています。

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熊野詣と文学

熊野詣は苦行の旅である。そういう中で詩歌も生まれる。後白河法皇の編まれた「梁塵秘抄」(りょうじんひしょう)では、

熊野へ参らむと思へども、徒歩(かち)より参れは道遠し、
すぐれて山峻(きび)し、馬にて参れば苦行ならず、空より
参らむ、羽賜(はねた)べ若(じゃく)王子

と詠っている。いかなる身分の人でも苦行のためには歩きなさい、馬に乗ってはだめですよ、といわれて、とっさに思いついたのが鳥になって飛んでいくことだった。これなら先達も許してくれるだろう、とおどけているのである。

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数々の歴史を秘めるむろの江
(現在の田辺湾)

現世を安穏に、そして来世の苦しみを少しでもこの世にいる間に減らしておきたい。そうした救いを求めて人々は、「熊野」を目指した。幕末の歌人加納諸平は、田辺を訪れて当時を追想し、

むろの江をつらねて渡る
雁(かりがね)に たえし御幸の 影をしぞ思ふ

の和歌をのこした。古道には今も「昔」が色濃くのこっている。

(中瀬喜陽:田辺市文化財審議会委員)

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