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Kumano Kodo Pilgrimage routes

熊野三山への信仰は、霊が宿る熊野の山へと向かう苦行によって、一切の罪業が消滅すると信じられ、当初は皇族を主に、その後、武士や庶民にも広がっていきました。
今では「紀伊山地霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されています。

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関東ベエと山祝餅

江戸時代から明治にかけての熊野詣は、伊勢参りや西国三十三所の巡礼と兼ねることが多かったようです。冬から春にかけての農閑期に、関東方面などから多く の人びとが、伊勢路を経て熊野三山へ参り、中辺路を通って、必ずといっていいほど田辺で宿をとりました。地元田辺の人びとは、関東地方から来た人を、その 言葉づかいから「関東ベエ」と呼んだそうです。

この時代、田辺の旅籠(はたご)に着いた人びとが、餅をついて神仏に供えたり、同行人やほかの旅人などにふるまうのが習わしでした。 この餅を「山祝餅」(弁慶の力餅・山越餅(やまごえもち))と呼び、熊野詣を無事に終えたことを祝うとともに、多くの人びとと喜びを分かち合ったのです。 春になると、田辺の旅籠街では、「関東ベエ」の餅つきと熊野三山への往来でたいへんにぎわったそうです。これらの図は、その様子をよく表しています。

〔紀南文化財研究会〕

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「西国三十三所名所図会」

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「紀伊国名所図会」

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